自然農で「身のほどを知る」

こんにちは。

神奈川・相模原の里山(相模湖)で自然農を営む「すどう農園」です。

全国の秋雨前線と迷走する台風24号の影響で雨そして洪水。
一方の四国では歴史的な干ばつと報じられています。

極端に荒ぶれる世界。

残念ながら、そういう時代に入ったことは認めざるを得ません。

「こんなのは今年だけだ」と、良いほうに思いたい認知バイアスも働くでしょうが、こうした気候変動は、今の人間界の行為を見ても、そう簡単に大きな局面にあって戻ることは難しいでしょう。戦争は延々と続き、原油を積んだタンカーや精油施設などが破壊されています。狂気です。

ならば希望はないのか?と言えばそうではなくて。

いま「大局的に」と書きました。
そうです。大きな流れは厳しいかもしれないけれど、自分が手を動かして届く世界には、まだ希望があります。おそらく生きているということは、いきなり大きく世界を見て一喜一憂するところから始めるのでなく(もちろん世界を感じるのは大事なことで、そうでないと自分の周囲ばかりに気を取られる卑小で無気力な世界に閉じこもってしまいますが)、まずは身の回りで、できることを始める。

種まきの季節です。

タネを蒔くと自分の「身のほど」がわかってきます。

自然農を学ぶ・さとやま農学校」ではトラクターも耕運機も使いません。

たいていの農業スクールでは、前もって種まきの場所をきれいに耕しておくのが一般的です。
それは一見、親切のようですが、はじめから動力機械を使ってしまうと、自分の「身のほど」がわかりません。わずか10メートルほどの場所の草を取って、タネを蒔くというだけで、どれほどの時間がかかるのか、あるいはどんな生き物がそこにいるのか。そうしたことを感じる時間も含めると、それは「手間がかかる」というよりも、豊かなひとときですから大事にしたい。
そうして感じていると、自分の身体が、土や虫や草と同じ目線になって相対化されてきます。
「身のほどを知る」というのは、そういう意味です。

それに里山で、化石燃料の排気ガスを吸うのも嫌なものでしょうから、やはりトラクターや管理機は、なしですね。誤解内容にもうしあげますが、職業で野菜を作る場合は動力なしでは、かなり困難です。不耕起栽培でも大規模になれば、ハンマーナイフという機械で草を細かく砕く作業はよくあります。

しかし、自給レベルの不耕起栽培の畑であれは、草が耕しているので、カマ一つあれば、たいていの作業ができます。

そしてどのくらいのタネをどの面積に蒔くか、これも自分のボディースケールで測ります。
タネの軽量は本来は枡(ます)を基準にした体積ベースの軽量ですが、小さな畑では使い勝手が悪い。
だから自分の指で覚えます。
畑の長さも、メジャーなどは使わない。自分の体に合わせて長さを刻みます。そもそもメートル法というのは地球の赤道(4万キロ)に由来するので、非常に使いにくいですね。昔ながらの尺貫法やインチ法は人間の身体を基準にしているので、こちらの方がしっくりきます。

余談ですが、江戸時代に日本地図を作製した伊能忠敬は、自分たちの歩幅を基準に日本全国を巡って測量しました。最後には南北に移動した際の北極星の高度変化を計測して、そこから地球の周囲まで計算したというから、まさに「身の程」を知り尽くした天才と言えましょう。
伊能忠敬をモデルにした井上ひさしさんの「四千万歩の男」は、非常に分厚い本ですが、図書館にあるので一部始終でも読んでみてください。

雨が続くので、育苗もあわせて種まきをします。育苗用の土も、市販品は使いません。何が入っているかわからないブラックボックスのようなものですから。どうしても市販品を使わざるを得ないときには、店頭で「この土の製造工程表を見たい」と言えば、メーカーからファクスで取り寄せてくれます。ほかの農業資材も同様です。

世界中で山火事、大洪水のニュースが絶えません。もとはといえば人間の引き起こした災いです。
自分たちのやっていることが地球にどんなインパクトを与えるかわきまえる。それもまた逆の意味で「身の程」を知ることなのだと思います。

「さとやま農学校の見学会」
9月20日は満員になりました。
それ以降も、お申し込みが来ています。

今年こそ、自然農で自給への一歩を始めましょう。
人間も大地もクールダウンしてくる秋は、畑を始めるベストシーズンです。

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