サトイモに見る「とりとめのない社会」

あとひと月でサトイモの収穫スタートです。

今年の長雨はサトイモには嬉しかったことでしょう。

日照不足を補う意味でも、収穫は急がずにじっくり待ちたいものです。

「自然農を学ぶ・さとやま農学校」ではサトイモの石焼き芋も大人気です。

皆さんも焚火でやってみてください。

サトイモ類には、近縁の仲間も含めて世界4大主食の一つとされます。
残り3つはコメ、ムギ、トウモロコシですが、さてこれら3品目とサトイモとでは、大きく違う点がありますね。
「貯蔵が効かない」ということです。
これはとても大きなことです。
蓄えることができないので貧富の差ができにくいのです。
他の3つは蓄えたものがひときわ強くなります。
強いものはさらに生産力をつけ、蓄えの少ないものを従えるようになります。
あるいは他の農村を奪ってでも強くなろうとします。
資本主義の原点を見るようです。

ところがサトイモは、そうはいかないのです。

収穫が社会資本の蓄積につながらないということは、今のような国民国家もできにくい。

戦争もなくなりはしないでしょうが、世界が破滅するようなやり取りまではいかない。

ごく小さな規模の王国はあっても、そこが嫌になれば移動してしまえばいい。

米や麦のように、権力者が農民を土地に縛り付けることもない。そんな移動分散型社会というのは、遊牧と並んでイモ食文化圏だからこそ、ありえたようです。

そんな移動分散型を称して、人類学者の故・鶴見良行さんは「とりとめのない社会」と呼びました。

強い国、たくましい国、美しい国、尊敬される国・・・そんな政治家の弄言とは無関係な、とりとめのない世界が私も好きです。

タイトルとURLをコピーしました