
グミの季節です。
「自然農を学ぶ・さとやま農学校」では野菜や果樹やハーブ、さらに鳥や蝶や蜂のための植物も沢山育っています。
ヒトの食べるものだけつくるのでなくて、お互いが食べたり食べさせたりする多様性が、今の気候変動を生き延びるコツです(・・・それにしても「生き延びる」という言葉は、今やもう大げさでも何でもない、切実な言葉になりました・・・)。
農学校では、数百を越える植物たちが、思い思いに花を咲かせ、実をつけて、繚乱するのが6月です。
その植物と一緒に無数のイノチが地上と地中で巡り合うのが自然農の醍醐味です。これはトラクターで耕してしまう農業では、残念ながら味わえないのです(耕すことが行けないというのではありません。ただ、耕すか耕さないかで世界は相当に違ってくる、それだけは五感で感じて頂きたいものです)
さて写真はグミです。
グミの語源は英語のゴムからきているのだと、最近知りました。
私にとっては北原白秋の童謡「砂山」の歌詞のイメージの方が先なのです。
♪
かえろ かえろうよ
茱萸原(ぐみはら)分けて
すずめさよなら さよなら あした
海よさよなら さよなら あした
以上は3番の歌詞です。
この歌の有名な冒頭:
♪
海は荒波 向こうは佐渡よ
・・・・これから察するに、歌詞の舞台は、6月の日本海を見晴らす砂浜でしょうか。
夏至を迎える季節、一杯に遊んだ子供たちが帰る道すがら。
草の猛々しい野原に分け入って茱萸をつまむ情景が浮かびます。
いまでも、大きな川の川原には、自生の茱萸がありますね。
やはり、川原や海辺の風騒ぐ草むらにはグミと書くより、茱萸の方が良く似合います。
茱萸の生果は熟してもタンニンが渋いので、ジャムにすることが多いですね。
でもジャムにすると、あの茱萸ならではの食感はなくなってしまいます。
あの確かにゴムみたいな食感を活かしたもの、どうにか作れませんかね?

