
こんにちは。
神奈川県・相模原市の里山(相模湖)で自然農を営む「すどう農園」です。
ここ数日の雨。
しっとりと大地を慈しんでくれます。
グウン、と呼応するように緑が突きあがっていきます。
まるで空から見えないピアノ線で引っ張られているような張力を感じる程です。
植物を吊り上げる見えない線を、手で弾けば音が鳴る。
そんな気がするものだから、手を宙に泳がせては、音を聴く。
上の写真は、夏野菜を植える予定の畝です。
「自然農を学ぶ・さとやま農学校」では自家採種が基本です。
タネは、自分が生まれた土地の記憶を持っています。
この書き方だと、何だかポエムのようですね。
たしかに、私が農学部の大学生だった数十年前に、こんなことを言ったら笑われました。
「獲得形質は遺伝しない」というのが、当時の生物学の定説だったのです。
時代的背景を少し説明します。
戦後のソ連のスターリン独裁の政治的混乱のなかで、権力者におもねたルイセンコという遺伝学者が、ダーウィニズムを根本から否定するようなルイセンコ学説というのを唱えました。おかげで、それまで世界じゅうで遺伝子資源(種苗など)を確保していた植物学者のバビロフは政治的に否定されて(いわゆる失脚)、あろうことか膨大かつ貴重な種苗も失われたのですが…この説明では分かりにくいでしょうから、興味があればお調べください。
いずれにしても獲得形質が遺伝するというラマルクやその亜流のルイセンコは、その後の植物学の世界では、蛇蝎のごとく否定されたわけです。そうではなくて、進化論の主流とは、大きくまとめるならば、遺伝子レベルでの変異と選択淘汰によるものであると、これは鉄板のセオリーになったのですが、近年になって遺伝子以外の情報の世代間伝達もあるということが、遺伝子レベルでの研究が進むにつれて明らかになってきました。これがエピジェネティック理論です。この辺は「ここまできた自然栽培」(農文協)に詳しいです。
誤解のないように申し上げるならば、エピジェネティック理論はラマルクの焼き直し・再発見というものではありません。
ダーウィン以来の進化学では、形質の多様性は、あくまでも遺伝子の突然変異で生じるものでした。だから遺伝子によらない経験は遺伝に反映されないと考えられているのです。
しかし近年の研究によって、親の「経験」が次世代に突然変異を起こす可能性が浮かび上がってきたのです。DNAとは無関係に、親世代の経験が学習されて、次の世代の変異に一定の方向性をもたらす・・・ちょっと分かりにくい説明ですが、変異そのものを起こすというよりも、変異の分散に方向付けをする、その可能性があるということです。
ただし研究は始まったばかりで、実際のところ親の経験によって進化がどれだけ方向づけられて加速するのか、体系的な理論はありません。
もうちょっと詳しくは私のnoteをお読みください。
https://note.com/sudofarm888/n/nefa37d3c7102
むむ。
話がだいぶ長くなってしまいましたが、さてハコベに戻ります。
ハコベが生えている畑は土の状態が良くなっている目安。
と、自然農ではよく言われます。
ハコベが落ち着いて生えている場所では大抵のものが作れると。
ただし、です。
ハコベの根は菌根菌と共生関係を持ちません。
つまり、イネ科やキク科のように菌根菌と共生しながら土を豊かにするというわけではない。
むしろアブラナ科やヒユ科(ホウレンソウなど)と同様に、自力で根から有機酸を分泌して土中からミネラルを溶かし出して吸収する独立独歩の生き方。つまり菌根菌は増えないのです。
ハコベが増えている畑というのは表現を変えれば「菌根菌がいなくても大丈夫なほど土が肥えている」ということなのです。そしてもう一つ加えるならば、ハコベの根は他の植物を排除するアレロパシー効果があります。なので写真のようにハコベが広がってしまうと、この中にトマトやナスを植えても、マイナスの効果になりかねません。とりわけネギなどの草に弱い野菜は、できるだけハコベを寄せ付けない事です。このハコベ独占状態が何年も続けば、土は痩せていきますから、落ち葉や敷草を摘んでいくなどのインプットが必要になります。
とにかく何でもそうですが、同じものばかり畑には増やさない事。
そのときに、どの植物が菌根菌と共生するのかしないのか、それは押さえておいた方が良いです。
でないと、何でもかんでも「菌ちゃん」でひっくるめて「菌ちゃん万能」みたいな一神教になりやすい。スターリン時代の悲劇は、他人事ではないのです。
「自然農を学ぶ・さとやま農学校」でも菌や植物との付き合い方をじっくり学びます。
見学会も4月いっぱいまであります。実際の様子が見えてきますよ。
どうぞおいでください。

